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木村瀬平(木瀬)の歴史
「相撲大鑑」によると 「天正3年(1575年) 7月、織田信長、相撲を江州常楽寺に見る。近習の士、木瀬蔵春庵この事を司り、かつ行事の任を勤む(後略)」とあり、その流れを汲むといわれる年寄名が
現在でも木村瀬平として残っている。
由来は行司名が、そのまま名跡となったもので、
この年寄名跡は伝統的に「木村瀬平」の名で継承
され「木瀬」と通称される。
初代は、宝暦13年(1763年)に年寄として名前の残る木村瀬平。10代目を元前頭 清の盛が継承していたが定年退職。その後、平成14年11月に元肥後ノ海が11代目を継承した。翌平成15年12月に三保ヶ関部屋より独立し木瀬部屋を創設する。
参考資料「相撲大鑑」「相撲大事典」
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